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w closet×JUGEM

テニスのこころ

趣味だからこそ…

 一日のうち、一度は集中力を一点に集める時間をもつことは、

その日一日の頭の働きを活発にするためにぜひとも必要である。

いやなことに熱中しなければならない時間は、

苦痛以外のなにものでもないが、

好きなことに没頭できる時間は心を豊かにしてくれる。

趣味で得られる熱中は、

さまざまな仕事にも応用できるものである。(電通大 佐々木茂美氏)



 自分の大事な時間を使い、お金もかけていく趣味に対し、

真剣に取り組み、気付きを得ることによって、

日常にもプラスに働くテニス

でありたいと思います。




『一隅を照らす」田上公明の仕事
  • 2007.12.13 Thursday
  • 11:46

上達のコツ

相手をゆさぶる

 相手をゆさぶれなければ、相手のいるところに打つことになり、相手がミスをしなければ勝てない。

したがって勝敗は相手次第である。
 

 通常よくする練習は、相手のいるところに打つ打ち合い(ラリー)であるが、

試合というものは相手のいないところに打つものであり、

打ち合いは、そのひとつひとつのショットを磨くことにはなり大事であるが、


試合の直接的な練習とはなりにくい面がある。
 



 試合は"試合だから…"といってあらたまって特別なことはできない。

「習慣の発表会」

のようなものである。

したがって打ち合いを習慣にしていたら、

当然試合でも相手のいるところに打ってしまう。

コーチを職にしてたりすると、相手がより打ちやすいように打ってしまう場合がある。
 


 「崩して⇒決める」がワンセットになっていて、

崩すショットだけを練習していてもダメ。


決めるところまで練習して習慣化しないと、

チャンスボール(空きスペースをつくった)であせってミスしてしまう。

もし、決められなければ、崩したことは意味が無い(ポイントにならない)ことになり、

うまく崩せば崩すほどがっくりし、試合の流れが相手にいってしまう。
 


 よく試合後の反省で「組み立てが大事よ」と簡単に申しますが、

それではあなたは

.▲鵐哀襪紡任討泙垢?

▲蹈屬深く打てますか?

ドロップショットが打てますか?

ぢ元に沈められますか?

ヂい球が打てますか? 

ということができなければ、いくら試合後、ペアで話し合ってもムダです。
 


 "できない"ということならば、

相手のいるところに打ち続けることになりますから、

粘って粘って相手が100本返すなら101本返すということに全力をあげるしかないのです。難しいことは考え

ずにミスしないように打ち続けるのです


できないのに考えたって仕方がないでしょう…

と思わず言いたくなるようなケースが多いです。
 

ある有名コーチが「大人は考えすぎるからダメだ」といってました。

往年の名プレーヤーレンドルが言いました

「そんなにレッスン受けて、アドバイス聞いてどうするの?練習はしたのですか?」




「一隅を照らす」田上公明の仕事
  • 2007.11.18 Sunday
  • 18:27

勝つってこと

勝負です!

「なんとか四回戦突破して、ランクをあげたい!」

と誰もが願うところでしょうが、

願うだけでは、運は引き込めないようです。

メンタルの大御所である長田一臣氏は、

「そうありたいと願うならば、まず心にそう思うことが必要である。そう思っても成らないことがある以上、そう思

うことをせずに何事が成りうるだろうか。「信念の魔術」という言い方があるが、心にそう思うことによって、生活

がその方向に規正されていくからである」と述べられています。

"願う"をさらに高めて"信念"にするってとこでしょうか。


 「信念は願望よりも強し」デス!
 


試合に勝つということは、"上手くプレーすることではない"

ということをしっかり抑えてください。

"勝負に勝つ"ということです。

"勇気をもって"チャレンジしたり、

状況に応じて思いっきりよく"賭けてみる"なんてことも必要でしょう。
 


そして、"勝負は時の運だ"ということです。

できることは、運を呼び込むプレーをやり続けることしかないわけです

プレーに集中し続け、ミスは忘れ、前向きにプレーし続けることです。
 


"強いから勝つのではない"のです。"勝負に勝ったものが強い"のです。



…とまあ勝つことを考えると、

深いもので、わけわからなくなってくるのですが…


そんなときには、

"開き直る"

ことをおすすめします。
 


前述の長田氏は

「考えるべきは徹底的に考えて、最後は捨てねばならぬ。

スポーツマンにとってスポーツは"たかがスポーツ、されどスポーツ"である。

スポーツマンにとってスポーツとは、およそ歯切れの悪い存在である。

スポーツそのものはきわめて明快であるが、

スポーツに携わるスポーツマンの性格は必ずしも明快とはいえない。

一般にスポーツマンの性格を称して"竹を割ったような気性"というが、

なかなかもってそれとは裏腹なものである。

アッケラカンとしたこころのありようでは勝負に勝つことは難しい。

恨みっぽく、殺されたら化けて出るくらいの執念がスポーツには、要求されるのである。

考えるべきときには考え抜いて、事に臨んではその考えをいっさい棄てるのでなければならぬ。

考えることも必要だが、その考えを棄てることも重要だ。

そうしないと迷いが生じ、こだわりとなって集中を妨げることになる。」と述べています。
 


勝つときは勝つし、負けるときは負ける。

勝ち負けにこだわらず気楽にいこう!と開き直ることで力が出やすくなる。

ただ、目いっぱい頑張ってから

…という条件になるのかな。

"自分は目いっぱいやっていないのだから"という言い訳はしたくないもんね。


 "もう少し頑張ってればそのうちきっと勝てるさ"は幻想です!


自分の"信念"に基づき行動し続けたものが、強くなるのですから…。
 


最後に長谷川先生の一言

 「それが練習であれば未知のものにチャレンジすればよい。

しかし、それが本番ならばできることを精一杯すればよい。

本番でできないことを高望みするとできることもできなくなってしまうのである。」


「一隅を照らす」田上公明の仕事
  • 2007.10.02 Tuesday
  • 13:18

テニスのこころ

Good Luck

魔法のクローバーを求めて、二人の騎士の運命の物語「Good Luck」のなかには、

幸運が訪れないからには、訪れないだけの理由がある。

幸運をつかむためには、自ら下ごしらえをする必要がある。…とあります。



 福田雅之助先生の言葉にも

「練習は、習熟だ。果実が時を経て、陽と雨の恵みを受けて実っていくように、時を待ってこそ技も心も熟す。短時

間で成果をあげようとしてもだめである。下積みとなれ。そして努力せよ。やがて上積みとなる。努力なしでは浮か

び上がらない。」



 テニスの練習も下ごしらえなんですね。

ひとつのショットをやさしい球出しから始めて、

"板につく”までくりかえし練習し、慣れていく<馴成化>、

ボールの質(スピード・回転)を高めていく<精巧化>、

そのショットを試合で使っていく<連合化>、

"腰徹"を対人関係にも使ってみる<応用化>…と。

ひとくちに"上達"といってもいろいろな方向があるわけです。



 その"下ごしらえ"がある一定の飽和点を超えたとき、

試合という場でも技術を発揮でき、

上積みとなるのです。

その飽和点を超えなければ、やらないのと一緒ということかもしれません。

厳しいですね!



 その下積み中に、まわりの人が、「何をいまさら…」などと茶化すこともあるでしょう。

それに対して「Good Luck」では、

 偶然しか信じぬ者は、下ごしらえをする者を笑う。

 下ごしらえをする者は、なにも気にしなくていい。


「一隅を照らす」田上公明の仕事
  • 2007.10.01 Monday
  • 12:44

上達のコツ

ハラ重心

 見かけの形(フォーム)が同じでも、

意識(中身・質)が違うと質が違ってきます。

ある研究者が、

「現代人は、あまりにも‘脳‘で考えすぎる。

`野生`に戻るというか`直感‘や‘勘‘を磨きたい」といっていました。

要するに、意識の重心が、‘脳‘にある

脳重心」なんですね。

頭をつかうということは、当然血流も頭にいくので、

‘頭に血が昇る‘状態になりやすいわけです。

それにより、テニスのゲームにおいても、`緊張‘したり‘あせる‘精神状態になる場合がおおいのではないでしょう

か?

熱心にテニスに取り組む人ほど、

ひとつのミスや大事なポイントを落としたときに、

分析しすきるところがあるように思えます。


頭の使いすぎです。


シングルスにくらべてダブルスは、

相手に応じてプレーをすすめることが要求されます。

だからといって、

わずか1回だけ頭を越されたロブを打たれたからといって、

戦術を変えようとか、

‘1stボレー‘をミスしたから、

サービスダッシュはやめようとか…、

反応的すぎるのです


これには、根本的に自信のない場合や経験不足からくるものもあるとは思いますが…。



この現象の反対をいく言葉が

ハラがすわっている

というものです。

「ハラ(丹田)重心」でプレーすれば、肩の力も抜け、リラックスして対処できるのです。

それでは、

具体的にはどのようにしたら‘ハラを意識‘できるか!

`腰徹(ようてつ)‘です。


ボールに向けて腰(ハラ)を寄せていくことです。

これにも上達というものがあり、

初めのうちは、「腰を意識しながら打つ」ことになりますが、

トレーニングを続けるうちに

「腰の意識で打つ」というものに深化していきます。

「自分で打つ」のではなく

が打つ

わけです。

これが骨(コツ)というものですね。

自分で打とうとすると、

そのときの、自分の精神状態というものに左右されてしまいます。

弱気になって入れにいったり、決めてやろうと必要以上に力んでしまったり……

そうです!

自分ほどあてにならないものはない!のです。


腰徹の‘徹‘は‘徹する‘という意があるように、

少々のことがあっても貫いてゆく、

「突破力」「不動心」という精神力が錬りあがっていくものです。

攻め続けることができる!

最後の1本まで決してあきらめないということにつながってくるものです。


最近怒ることを‘切れる‘といいます。

頭の中の血管がブチ切れるイメージでの言葉だと思います。

以前は‘ハラが立つ‘といっていたわけです。

それだけ重心が頭偏重になっているのですね…。

リラックスなくして大局観えず…

頭で考えすぎると、広い視野で観れないので、戦術も観えてきませんよ!





「一隅を照らす」田上公明の仕事
  • 2007.08.05 Sunday
  • 07:26